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高次脳機能障害-当事者の著書を読む

『18歳のビッグバン 見えない障害を抱えて生きるということ』 小林春彦


 初めて本書を見たとき、失礼ながら題名から「おそらく18歳の時に事故か何かしらの疾患で高次脳機能障害が残ってしまった方の、障害受容に向けての記録やそういった話だろうな」と勝手に先入観を持ちました。これから高次脳機能障害を持つ方を担当することも多くなるだろうし勉強に良いか、と深く考えずに読み始めたのですが、本書のテーマは想像とは大きく異なっていました。

確かに第1章~第3章では著者の生い立ちから高校時代、そして18歳の春に右中大脳動脈閉塞症、広範囲脳梗塞に倒れ、その後のリハビリや変わってしまった自分や他者への様々な思いが描かれています。一方で第4章からは、東京大学先端科学技術研究センター(通称:先端研)と出会い、「DO-IT Japan」の1期生に選ばれ、多くの試みにより大学入試センター試験の特別措置対象者に「脳機能の障害」を抱える方が認められるようになるなど、日本の制度への働きかけや国内外の大勢の方との関わりが中心に記されています。

 そして冒頭の「まえがき」、第5章「未来に向けて」、「あとがき」では、多様性に開かれた共生社会に向けた著者の考えが中心に述べられています。著者の小林春彦氏のこれまでの人生や出来事だけに留まらず、これからの社会の在り方や、人と人とが関わっていく際に大切な「対話」についてなど、18歳の春に突然障害者として生きることになり、自身のアイデンティティや生き方に悩みながらも他者と対話し続けた結果として持つようになった考えを私たち読者に投げかけてくれています。私はこちらこそが本書のテーマだと思いました。

 今でこそ障害の有無や、宗教やセクシャリティ、出身地、所得、容姿、人種など、社会には様々な線引きがあり、その線引きによって人々がマジョリティとマイノリティに分けられてしまうといった考え方は周知のものとなってきました。また、昨今ではダイバーシティや合理的配慮など、多様性を認め尊重しながら共生していくことを理想とした言葉も多く知られるようになりました。それに対し著者は、「ただ、わたしは、これまでの出会いや経験から、『生きづらさ』を感じているのは、必ずしもマイノリティだけではないと考えています。わたしは、人々の『多様性』より前に、個人のなかにある『多面性』に目を向けたい。『共存』を大きく主張するより前に、『そもそも一緒にいなければならない意味』について問い直したい。そう思うようになりました。(P6-7)」と述べています。当院所蔵のものには帯が無かったのですが、実は本書の帯にはコピーとして「あなたも私も見えない『何か』を抱えて生きている」とあります。たとえ何の障害名も持っていなかったとしても、大なり小なり人生には生きづらさが生じます。私自身も日々の臨床現場やプライベートでの交流でも、どうしても診断名や障害名、性別、服装といったわかりやすい記号にとらわれやすい自分に気づくことが多々あります。それでもこの社会で他者と関わっていくであれば、著者の言う通り、どうして一緒にいたいのか(あるいはいなければならないのか)、どうしたら一緒にいられるのかなどを、お互いの抱える多面性を語り、そして聞きながら対話を繰り返していくしか無いのだと思います。

 若くして「見えない障害」を抱えることになった著者の感じたことを知るだけでなく、今後の社会を考えていくための問いとしても、とても良い本だと感じました。


※東京大学先端科学技術研究センター(通称:先端研)

1987年に「人と社会の安寧のために新しい科学や技術の新領域を開拓する」ことを目的に設立された、東京大学で最も新しい附置研究所。材料、情報、生物医化学、バリアフリー、社会科学、環境・エネルギーの6つをカテゴリーに、分野横断的に先端科学技術の新領域開拓を主な研究対象としており、本書では「テクノロジーによって障害者の困難を補うことができないかというダイナミックな研究をしている」と紹介されている。

※DO-IT Japan

「DO-IT」は「Diversity(障害)」「Opportunities(機会)」「Internetworking(インターネットの活用)」「Technology(テクノロジー)」の略。障害や病気のある若者の高等教育への進学とその後の就労への移行支援を通じた、リーダー育成プロジェクト。東大先端研の共同主催、共催・協力企業との産学連携により、2007 年から活動を続けている。「スカラープログラム」「スクールプログラム」「パルプログラム」の3つのプログラムがあり、今年度のスカラープログラム募集は終了。

 
 
 

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